I MADE IT!
~オンラインソフトの誕生物語~


【第1回】

デスクトップで砂遊びができる「砂」の作者、四井 賢一郎さん

(00/10/10)

 オンラインソフトを使っていて、「なぜこのソフトが産み出されたのだろうか?」という思いをもったことはないだろうか。オンラインソフトには、作者のアイデアや思いやり、使命感などが詰まっている。普段何気なく使っているオンラインソフトの誕生ストーリーを知ると、ますます愛着がわくかもしれない。ということで今回から始まる新連載“I MADE IT!”では、ソフトを制作した作者自身に会って、ソフト誕生の内幕にスポットライトを当ててみたい。第1回目は、デスクトップで砂遊びができるユニークなソフト「砂」の作者、四井 賢一郎さんを訪問した。

実用度のなさが新鮮?

江古田駅前で
江古田駅前で
 「砂」を初めて動かしたときの驚きは、いまでも鮮明に覚えている。ほとんどのソフトは、ユーザーにある目的を達成させようとか、便利さをもたらそうとして制作されている。しかし、「砂」を動かしたとき、作者の四井さんには本当に申し訳ないのだが、実用性はまったく感じられなかった。なぜなら「砂」は、砂の落下をシミュレートするだけのソフトだからだ。ところがここまで実用性を感じないソフトも逆にめずらしく、ついつい動かしてしまう不思議な魅力がある。キャンプファイヤーが燃えるのを見続けても飽きないのに似ているとも思った。さらに「砂」は、窓の杜メール版に掲載したニュース記事の第1号でもある。第1回目に登場してもらうのにふさわしいソフトだ。

 こうして2年ほど前から「砂」の作者、四井さんにぜひ会ってみたいと思っていた。そして、この連載の第1回を四井さんにお願いしようと決めたとき、てっきり神戸に取材に行くものだと思っていた。四井さんのホームページは、以前からずっと神戸大学内にあるため、“取材に行く”ことは“神戸に行く”ことだと思っていたからだ。しかし実際に連絡してみたところ、今年の4月から東京の会社に就職し、現在は東京に住んでいるとのこと。というわけで取材の約束をして、9月のある土曜日に四井さんの最寄り駅である東京都練馬区の西武池袋線・江古田駅で待ち合わせした。そして、駅前の喫茶店に入ってインタビューが始まった。

「砂」とは?

砂
 ここで、まだ「砂」を知らない読者のために、簡単にソフトの紹介をしておこう。先ほど砂の落下をシミュレートするソフトだと伝えたが、具体的にどうなるのかというと、水槽のようなウィンドウの中を落ち方の異なる2種類の砂が落ちていくというもの。ウィンドウ中の砂は障害物をつたって落ちていき、ウィンドウの一番下まで落ちると、ループしてウィンドウの一番上から現れるといった仕組みだ。ユーザーはマウスで自由に障害物を描いたり消したりできるほか、砂の種類を選択して落ち方を自在に決められるため、“上に落ちる砂”など地球上には存在しないはずの砂を作ることもできる。現在では、Windows版プログラムのほかに、スクリーンセーバー版や他のプログラムから利用できるコンポーネント版、JAVAアプレット版も配布されている。

 四井さんによると、現在ではコンポーネント版で「砂」の制作を進めて、それを実行ファイルに含めたものがWindows版プログラム、スクリーンセーバー化したものがスクリーンセーバー版というように、中身は完全に同一のものだそうだ。例えば、スクリーンセーバーの種類を選択したり、設定を変更する[画面のプロパティ]-[スクリーンセーバー]で表示されるプレビュー画面でさえもコンポーネント版を流用しているため、プレビュー画面の砂にも落書きができるのだ。筆者はこの事実を聞いたときたいへんビックリし、すぐに試して思わずニヤッと笑ってしまった。

本当は水遊びがしたかった

本当は水遊びがしたかった
本当は水遊びがしたかった
 四井さんに「砂」を作ったきっかけを聞いてみたところ、パソコンのデスクトップで水遊びがしたくなったからだという。そして、水遊びができるソフトを制作するつもりで水滴の粒をプログラミングして、いざ流してみたそうだ。そのとき出てきた感想が「あっ、砂や(関西弁)」だった。流れたものは目標としていた水ではなく、まるで砂のような粒だった。そこで水遊びソフトの制作はあきらめ、“water.exe”だったプログラムをそのまま“sand.exe”に変更して「砂」の制作がスタートした。「砂」の公開当初に砂の色が水色だったのは、水遊びソフトを作ろうとしていた名残だったのだ。

 こうして、デスクトップで砂遊びができるソフト「砂」は誕生した。そして作りはじめてたった1日か2日で当時のNIFTY SERVEに公開した。公開当初は、本当に砂がただ落ちるだけのソフトだったが、ユーザーの要望を受けいろいろな遊びの要素が加わっていった。砂が落ちるのをじゃまする壁を落書きできるのも、スクリーンセーバー版を制作したのも、ユーザーの要望で追加されたものだそうだ。非常にユニークなソフトのため熱烈なファンも多く、四井さんのホームページにはユーザーから寄せられた数多くの「砂」用ファイルが公開されている。どれもアイデアに富んだものばかりで、これらのファイルをダウンロードして遊ぶだけで、「砂」のおもしろさを実感することができるだろう。

JAVAの方が簡単

 四井さんのホームページでは、「砂」をはじめ3種類のWindows用オンラインソフトが配布されているが、そのほかに数多くのJAVAアプレットが掲載されている。「砂」に加えて「ばね」や「炎」、「波」など非常に魅力的ものが多い。なぜWindows版では配布されないのかを聞いてみると、1から作るならJAVAのほうが簡単だという答えが返ってきた。サウンド関係を扱う場合は制限や新しく覚えなくてはならないことがあってJAVAだと大変だが、そうでなければプログラミングの苦労がいろいろ省けていいとのこと。そうは言ってもどれも本当におもしろい動きをするので、ぜひWindows版プログラムとしてほしいところだ。

 なお、砂が落ちるアルゴリズムは四井さん自身が作り出したもので、あんなに自然な動きを再現するにはかなり苦労もあっただろうが、最終的にできたソースコードはいたってシンプルにできているそうだ。「砂」以外のアルゴリズムについては、Webで見つけたものやインターネット経由で別の人から教わったものだということだが、例えば「波」のアルゴリズムがたった2行のソースで実現されているなど、それぞれのアルゴリズムは単純なソースコードで表現できるとのこと。自然界にあるものの動きは複雑そうだが、つきつめれば意外と単純に動いているということなのだろうか。

 ここで、四井さんのソフト制作におけるポリシーを聞いてみた。最大のテーマは「誰にでも使えること」だそうで、そのために操作方法を極力簡単にし、特殊なランタイムを使わずどんな環境でも動作するように心がけているとのこと。また、EXEファイルが大きくなるのもあまり好きではないそうで、いざというときのためにフロッピーディスクに収まるサイズで配布したいという考えも常に頭の中にあるそうだ。

次回作は“レールの上を玉が転がるゲーム”

CE版「砂」の予定は?
CE版「砂」の予定は?
 話がはずんで四井さんのお宅におじゃますることになった。四井さんは現在一人暮らしということでワンルームマンションに住んでおり、ここが現在のオンラインソフト制作の現場であり、生活の場ともなっている。部屋の中を見渡すと、パソコン3台のほか、机の上にWindows CEマシンが置いてあるのを発見した。ひょっとして「砂」のWindows CE版を出すんじゃないかと思って四井さんに尋ねてみたが、現時点ではそういった計画はないそうだ。ただ、ユーザーの要望は放っておけない四井さんのことだから、Windows CEユーザーの熱い要望があれば、四井さんが制作に乗り出す可能性は大いに期待できる。

 最後に「砂」に続く次回作について聞いてみたところ、「何か思いついたら作るかもしれない」と、現時点では具体的にソフト制作が進行しているわけではない様子。ただ、何となく作ってみたいソフトとして、“レールの上を玉が転がるゲーム”というのを考えていると教えてくれた。2本の棒の開き具合で玉が行ったり来たりするゲームを、四井さんのテイストで作ったらどんなソフトになるのだろうか? そう考えるだけでわくわくしてきた。

□MRC(Shii Ken-ichiro) home page
http://pascal.seg.kobe-u.ac.jp/~shii/index-jp.html
□窓の杜 - 砂
http://www.forest.impress.co.jp/library/suna.html

(小山 文彦)

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